JA長野厚生連 富士見高原医療福祉センター 富士見高原病院  


富士見高原病院 統括院長
矢澤 正信
(やざわ まさのぶ)

「風立ちぬ、いざ生きめやも」、結核サナトリム時代に当院で療養した小説家堀辰雄が代表作「風立ちぬ」の表題に引用したP.ヴァレリーの詩句です。そこに象徴されるように何か心身の不具合が起きても、まず手を差し伸べて「さあ、頑張っていこう」と生き抜くように支えることが、医療に最も求められることであることに揺らぎはありません。しかし地域の健康を守り、傷病を治して安全を保証することに尽力したとしても、何らかの障害が残ることもあり、さらには避けられない時の流れも必ずやってきます。
そうなったとしても、この地に最期まで自分らしく居続けることができるならば、今の健康の裏側にひそむ不安は軽くなるはずです。「柔らかなそよ風がフワーッと流れ、ずいぶん頑張ったよ、もうゆっくりしょうね」と包み込んであげる仕組みと場所を、地域に整えていくことも私たちの任務と考えます。
八ヶ岳のふもとで始められた私たちの地域医療の模索は、今は諏訪から上伊那にまで裾野を広げる医療と介護福祉の複合体にまでなっています。自然豊かなこの地に人々が安心して住まい続けられるよう、なくてはならない脇役として住民に寄り添うという理念を堅持していくことを最優先にしたいと思っています。


富士見高原病院 院長
安達 亙
(あだち わたる)

富士見高原病院の母体は大正15年に設立され、以後、日本の結核医療の分野で輝かしい業績を残しました。結核が克服されるにしたがい当院の結核診療には終止符が打たれ、一般的な疾患の急性期医療を担う病院へと変化いたしました。
当院では、疾患のほとんどを占めるcommon disease (ありふれた疾患)に対する診療を第一に行なっております。このような患者さんに対して、質の高い安全な医療を提供できるよう、医療スタッフの診療レベルの向上、医療機器の充実、安全対策の充実に努めております。そして高度の専門医療が必要な場合には、専門施設を紹介するようにしております。
救急医療においては、患者さんを断ることなく、まず当院で診療後に適切な医療を提供できる体制としております。また、近年の日本社会の高齢化に伴い、お年寄りの患者さんが多くなっております。合併症を持った患者さん、介護が必要な患者さんに対して敬遠することなく、十分な医療を提供するようにいたします。
「遠くの親戚よりも近くの高原病院」の精神を持って、地域の皆様に信頼される病院を目指すよう努力を続けていきたいと思っております。